1.平成28年度の事業目的と方針
平成28年度に私たちが進める事業は、昨年作り上げた国内外の課題と日本の民主主義の強化に向かいあう「4つの言論」のそれぞれの目標に取り組むとともに、東京五輪が開催される平成32年(2020年)に「中立、独立、非営利のネットワーク型シンクタンクの完成」を目指して、その準備を加速させることにあります。
ここでいう「シンクタンクの完成」とは何を意味しているのか。それは、日本の社会に、日本の将来と課題に真剣に挑み、この国の民主政治を強く機能させるための、影響力を持つ言論の舞台を機能させる、ということです。
私たちが言論の役割にこだわるのは、それが創設時からの言論NPOのミッションだということだけではありません。現在、不安定化する世界の中で、民主政治そのものがチャレンジを受けている、と私たちは考えているのです。
米国の大統領選挙に見られるトランプ現象で私たちが問題視するのは、候補者の特異な性格だけではなく、その現象の背後に存在する国民の不安や反発に迎合し、利用する政治家が支持を集める、ポピュリズムの傾向です。そうした傾向は今、米国だけではなく、難民の急増に揺れるヨーロッパでも表面化し、いわゆる知識層やジャーナリズムがそれに対して無力化しています。私たちが直視しなければならないのは、そうした傾向は日本にも存在している、ということなのです。
本年5月初めに行った有識者のアンケートで私たちが驚いたのは、6割もの有識者が日本の将来を悲観視していたことです。楽観視する声は2割程度です。悲観視する理由で最も多かったのは、「日本の政治が、急速に進む日本の高齢化や人口減少に有効な対策を提示していないこと」(64.7%)、それに続いたのが、「そうした状況に対しメディアをはじめとした日本の言論の力が後退している」(55%)です。
この国の将来への不安は、国民レベルではさらに大きくなっているはずです。にもかかわらず、政治の世界では課題に向かう競争が起きず、言論がその対抗力を失っている。そこにこそ、日本の民主主義の最大の試練がある、と私たちは考えているのです。
なぜ、私たちは持続性のある独立したシンクタンクを実現したいのか
私たちが、平成32年(2020年)に完成を目指す、独立したネットワーク型のシンクタンクは、この国の将来に向けてより大きな影響力を持つ言論の舞台なのです。そうした舞台を機能させることで私たちは、この日本社会に将来と課題解決に向かう、言論の力による民主政治の緊張感を作りだし、課題解決のサイクルを動かしたいのです。
1 5年前に言論NPOが立ち上がった時に私たちが意識したのは、戦前、日本自身の改革(内なるフロンティア)を主張し、満州への侵攻に反対した石橋湛山です。彼がどうしてあの政治局面で戦争に一貫として反対する言論を展開できたのか、それは、この国の自由な経済発展や改革、そして民主政治にこだわり彼の言論を支える、多くの言論人、経済人、官僚が存在していたからです。そうした課題に挑む組織を越えたネットワークこそ、現在の日本に必要と私たちは考えました。そして、まさに今こそ、その真価が問われる局面なのです。私たちが、多くの人が協力し課題解決に挑む言論のネットワークをこの国で機能させなくてはならない、と考えているのはそのためです。私たちが取り組む「4つの言論」はそのための中心的な事業なのです。
私たちが目指すこのシンクタンクのもう一つの目標は、こうした言論の動きを一過性のもので終わらせるのではなく、持続性をもって日本の民主主義のインフラとして機能させることです。そのためには私たちの言論活動を安定的に展開できる組織力を持たなくてはなりません。昨年の事業計画で、東京五輪が開催される平成32年(2020年)に持続的な組織基盤を持つ「中立、独立、非営利のネットワーク型シンクタンクの完成」を決めたのは、そのためなのです。
その目標年次までに私たちは言論活動を支える組織基盤の確立を計画的に実現しなくてはなりません。この組織基盤の確立とは、組織と資金の二つの基盤を持続可能な水準まで高めることであり、昨年度提示した事業計画では参加する会員数の拡大、資金的には組織の固定費を寄付などで賄うこと、などの目標が定められました。平成28年度は、こうした組織基盤の取り組みも確実に進めることになります。
平成28年度に私たちが注力する二つの柱とは何か
言論NPOの平成28年度の事業計画のすべては、昨年の事業計画で設定した「2020年にネットワーク型のシンクタンクを実現すること」に向けて組み立てられています。今年度はその2年目の事業として、昨年の活動の実績をもとに、さらに取り組みを加速します。
昨年度、私たちの活動は「4つの言論」の全ての言論活動を稼働させることに重点を置くと同時に、こうした事業に多くの有識者や専門家に参加していただくことに取り組み、そのいずれも目標は実現しました。
「4つの言論」を軸とした活動は、私たちが目指すシンクタンクの中核事業として、今年も更にそれぞれの目標に見合って取り組みを進めますが、それにも増して今年私たちが特に注力するのは、この国の民主政治や課題解決のための言論の舞台を機能させるという、私たちの取り組みをより「見える化」することと、そうした動きを「組織化」する、ことです。
そのためにも私たちは、この国の課題と強い民主主義に向けた言論ネットワークが動き始めた、という強烈なメッセージを日本の社会に伝えたい、と考えています。
私たちが、こうしたメッセージを提起するのは、この国の将来がかなり不安定化する中で、課題に向き合う言論の空間を社会に示し、課題解決に向けて政治や言論が競い合う新しいサイクルを提起するためです。
言論NPOは本年11月21日に設立15周年を迎えます。この記念日を軸にこの「見える化」と「組織化」を組み立てることが、今年度の事業計画の骨格となります。
そのためには、「4つの言論」の活動を押し進めながら、言論人のネットワークを組織化し、それを会員組織や資金基盤の強化につなげていく。また、その一つの集大成として、11月21日の15周年パーティで、言論NPOの協力者である多くの専門家や会員とともに、「4つの言論」それぞれについて議論し、この国の将来に向けた課題や、民主主義について考える場を作ります。そして、その場で、日本社会に言論のネットワークが動き出していることを、強いメッセージとして日本社会に打ち出せないか、と考えているのです。
2.平成28年度に計画している取り組み
これらの目的を実現するため、平成28年度には大きく分けて以下の三つの取り組みを計画しています。
1)言論NPOに参加する専門家のネットワークを組織化する
平成27年度に私たちが取り組んだのは、言論NPOの「4つの言論」に多くの有識者や専門家に参加していただいたことです。言論NPOの茅場町スタジオで行った35回の言論スタジオには延べで120人の専門家が参加し、安倍政権の実績評価には100人を越える各分野の専門家が参加し、4,200人を超える有識者が私たちの議論にアンケートで参加しました。
平成28年度は、こうした取り組みをさらに発展させて、言論NPOのネットワーク型シンクタンク組織としての基盤を固めます。「言論スタジオ」を年間で50回程度、定期実施すると同時に、言論NPOに参加する有識者の広範なネットワークを「4つの言論」ごとに組織化し、選挙に関連した政策議論・評価を行う評価委員会、中国等との対話の実行委員会、また世界的課題に対する議論において中心的役割を果たすワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)など、各事業に対応したグループにより多くの専門家の参加を求めていきます。また、そうした専門家の一部は、言論NPOの「客員研究員」として明確に位置づけ、「4つの言論」に対応した議論のみならず、社会の動きに合わせたリアルタイムな時事の議論を行って発信していきます。
これらの取り組みを通じて、言論NPOの活動に参加する専門家のネットワークを組織化し、日本の将来課題に挑む議論・発信の場を整え、言論人ネットワークとして確立します。そして、11月の設立15周年パーティでは、多くの専門家と協力して「4つの言論」について議論する場を作り、その姿とメッセージを社会に発信していきます。
2)言論NPOの会員運営と資金基盤の多様化を計画的に進める
言論NPOが安定的な組織基盤を確立するためには、ミッションに共感を持つ多くの人を会員として活動に加わって協力していただくと同時に、寄付や助成金などの資金源を多様化することが目標となります。
より多くの人に会員として活動に参加いただくため、会員限定のフォーラムやウェブ閲覧などの、会員の皆さんが私たちの言論の取り組みに中核的に参加し交流できる場を拡大します。閣僚級のゲストを招く「モーニング・フォーラム」や、時事の政策テーマに精通した専門家との「政策勉強会」、さらにアドバイザリーボード・メンバー等と実施する「会員交流会」に加え、言論スタジオを利用してのオープンフォーラムなど、平成28年度は年間で50回以上の参加機会を作る予定です。
また、こうした会員とは別に言論NPOの活動に参加する顧客層を計画的に増やします。昨年の言論NPOのウェブサイトの訪問者は一昨年対比で約6万人増えましたが、入会者や寄付者を増やすためには、ウェブサイトの訪問者をさらに増やすと同時に、言論NPOからの議論、活動の発信のリーチを広げ、より多くの人に情報が届くようにする必要があります。本年度は、ウェブサイトにIDとパスワードを使った認証の仕組みを稼働させ、登録者限定のコンテンツを発信していくことで、言論NPOの顧客層を増やし、データベース登録者数を大きく増やす計画です。
これらの取り組みにより、より多くの人々に言論NPOの情報が届くようにし、会員になるメリットを明確に提示していくことで、会員数の増加を目指します。さらに、(1)で説明した、議論に参加する専門家にも会員として言論NPOの活動に加わっていただくことで、「4つの言論」の活動と会員拡大を連動して動かしていきます。
また、より広く資金を集めて活動していくため、計画的な寄付キャンペーンを実施するなど、活動ごとの寄付の呼びかけを促進します。11月の設立15周年パーティに向けて、寄付キャンペーンを実施します。より多くの人々に言論NPOの取り組みを知ってもらい、また資金面で応援していただくための動きを作ります。
これまでは、中国・韓国との対話を中心に国内の助成財団からの助成金を獲得していますが、今期は財団助成金のさらなる拡大を目指します。特に、アメリカを交えた日米中韓の4カ国対話など北東アジアの平和構築に向けた事業や、民主主義に関する議論について、国内財団に加え、米国や欧州などの海外財団からの助成獲得を目指しています。
また、個人・法人の大口寄付の仕組みを作り、財務基盤の強化を計画的に進めます。
3)世界の有力シンクタンクと連携して東京発で世界の課題に取り組む「東京会議」を発足するなど、「4つの言論」の取り組みをさらに前進させる
今年2月に発足したワールド・アジェンダ・カウンシル(WAC)が主体となり、世界の約10カ国の有力シンクタンクと連携して日本に世界の課題を協議する「東京会議」を平成29年3月ごろに発足し、世界の課題に取り組む事業を本格展開するほか、日本の考えを世界に発信する事業を拡大します。28年度は、この他、7月の参議院選を軸に「民主主義」を巡る議論を立ち上げるほか、北東アジアの平和構築に向けた中国(東京-北京フォーラム)や韓国(日韓未来対話)、そして日中韓米などの多国間の対話など、「4つの言論」に対する取り組みを拡大します。また、エクセレントNPOの年間表彰のリニューアルなど強い市民社会づくりに向けた取り組みを強化します。
また、この「4つの言論」に留まらず、その時々に浮かび上がった国内外の課題に対する議論を適宜実施し、その課題を考える場合に必要な論点や考え方を提供します。その際に言論NPOに登録する数多くの有識者にアンケート方式で議論に参加していただくほか、必要に応じて公開フォーラムも実施し、言論スタジオをウェブと現実空間の二つの側面を持つ言論空間として機能させます。
また、世界的な課題や日本の主張を英語版で世界に発信するほか、世界の有力なシンクタンクやジャーナリストとも連携し、様々な議論を協働で行うとともに、言論NPOとのネットワークを世界の有力者に広げます。