田中弥生(独立行政法人 大学評価・学位授与機構准教授)
たなか・やよい
profile
東京大学社会基盤学専攻 寄附講座国際プロジェクト助教授、(株)ニコン、笹川平和財団、国際協力銀行をへて現職。国際公共政策博士(大阪大学)、政策メディア修士(慶応大学)。
外務省ODA評価有識者委員、内閣府公益法人制度改革委員会有識者委員、政府税制調査会特別参考人、参議院行政改革委員会 参考人などをつとめる。日本NPO学会副会長。
専門は非営利組織論と評価論。ピーター・F・ドラッカー氏に師事。
主な著書に『NPOと社会をつなぐ ~NPOを変える評価とインターメディアリ~』(東京大学出版会 2005年)、『NPO 幻想と現実 ~それは本当に人々を幸福にしているのか』(同友館、1999年)、『アジアの国家とNGO』(重冨真一編、分担執筆、明石書店2001年)、訳書にドラッカー・スターン著『非営利組織の成果重視マネジメント ~NPO、公益法人、自治体の自己評価手法~』(ダイヤモンド社、2000年)ほか。
言論NPOの「非政治性・非宗教性」に係る自己評価結果に対する意見 2008.6.28
1.NPO法10年と市民性創造の課題
今年はNPO法制定10年の年である。その数は3.5万団体で順調に延びてきた。その収入額は0円から35億円まで幅があるが全体の6割は500万円以下の零細団体である。NPOセクターの最大の課題は経営の問題で、全体にキャッシュフローを維持することができず、この問題は収入規模が大きくなっても容易に解消されない。また、企業とは意味は異なるが債務超過状態にある団体が一定量存在している。このような財政状態とNPOの社会的信用の不足から、金融機関からの借入は難しく、理事や職員など身内からの借入でつないでいるのが実態である。このような状態を武田教授(東京大学経営史)は「貧困家庭の借入のようだ」と述べたが、言い得て妙である。NPOの役割からこの10年を評価すると次のようなことが言えるだろう。P.F.ドラッカーは非営利組織には「サービスによって人々の生活の質の向上を担う役割」と「人々の市民性創造を担う役割」があると述べている。特に後者は現代の知識社会において重要であると強調している。高度に官僚化した社会において人々の役割は納税と投票に限られ、ごく一部の人しか政策決定プロセスに参加できない。しかし、地域のボランティアであれば「自らも社会を変えることができる」という実感をもたせてくれる、というのだ。
さて、サービスと市民性創造の役割の2つの視点から日本のNPOを評価するとどのようなことが言えるのか。サービスの側面については相当量のエネルギーを投じその役割を広げてきた。それは収入全体に占める事業収入の比率の高さ(6~8割)や行政への委託への傾斜など対価性のある事業収入の大きさが物語っている。
しかし、市民性創造の役割については全体的に軽視される傾向にあった。すなわち、過半数が寄付を集めず(54.5%は0円)、会費、寄付収入比率も7%程度に留まっている。行政との関係が密着である英国でさえ寄付収入比率は収入全体の36%であるので、日本の比率がかなり低いことがわかる。また、会員へのケアも不足しており、情報公開も遅れている。つまり、自らの活動の意味を広く社会に訴え、人々の参加の場を作ろうとする活動は停滞している。
NPOの魅力には、独自の発想力とネットワーク力で縦割りの社会を横につなぎ新たな問題解決の方法を提示する点にある。しかし、急ピッチで進む少子高齢化社会のニーズからみると、NPOが提供しうるサービスの量は僅かである。今後の日本社会を持続可能なものにするにはサービスの量を拡充するというよりも、市民側の共助、自助の力を顕在化させ、「自らできることは自らで賄う」姿勢を醸成することが必要ではないだろうか。NPOの「市民性創造」には、本来、このような自立し、隣人や社会を慮る人々を育む役割がある。これまで政府もNPO自身も、NPOのサービス提供の役割を中心にみてきた。しかし、日本社会の持続可能性を考えたとき、「市民性創造」の役割は大きく、鍵要因となると考える。その意味で、今後10年のNPOの課題を上げるとすれば、経営問題とともに「市民性創造の役割」の見直しであると考える。
言論NPOは、先のNPO全体の傾向とは明らかに異なる点がある。まず、経営困難の状態については共通しており、キャッシュフローを確保するための資金調達の問題は大きい。しかし、その役割という点では全国の傾向と大きく異なり、市民性創造の役割を最も重視してきた団体である。マニフェスト評価ほか議論形成とその発信の活動は広く市民に向けたものであり、WEBアンケートや知的な市民討議の場ミニ・ポピュラスなどの新たな試みによって、市民の参加機会に工夫を凝らそうとしている。また、非政治性・非宗教性の評価結果を含む情報開示は市民参加活動を担う際の信頼の基盤を提供する。このような言論NPOの取組姿勢はひとつのモデルを提供していると考える。
2.言論NPO「非政治性・非宗教性評価」結果について
2007年度の非政治性・非宗教性の自己評価結果を精査した結果、問題がないと判断する。優れた点
WEBサイトやキャンペーン、NIFTYとの共同によるミニ・ポピュラスなど参加型や双方向性の議論の工夫と刷新を続けている点は優れた点として評価される。課題
1)地方再生戦略会議と北海道関連事業
・双方とも中断したままになっているが、協力者・関係者の信頼を損なう原因にもなり得るので、中断の理由と今後の見通しについて説明する必要がある。
・また、中断の原因が言論NPOの運営体制に起因しているとすれば、現行体制のキャパシティと事業量のバランスも含めて見直す必要がある。
2)リアルな議論の場(フォーラム)の必要性
・優れた点で指摘したようにバーチャルな場での参加型議論の場は工夫されている。しかし、フォーラムなど人々が直接会い、議論する場も必要であると考える。特に、会員や参加者との絆を維持するためにもバーチャルな場とともにリアルな場が有効であると考える。