370兆円の官民投資で日本経済は本当に成長できるのか~言論フォーラム「日本の成長戦略は今度こそ大丈夫か」~

2026年9月24日

石川智久氏(日本総研理事、調査部長、チーフエコノミスト)発言要旨

・今回の成長戦略は、世界的に産業政策が重視される流れに沿っており、AI・半導体などへの重点投資や地域未来戦略を含め、大きな方向性としては間違っていない。 

・一方で、17の戦略分野は多すぎる。限られた政策資源をどこに集中するのか、今後どのように重点分野を絞り込むかが大きな課題となる。 

・産業政策では、予算をつけること自体が目的化してはならない。重要なのは、政策を誰がどのように管理し、成果を検証するのかというガバナンスの仕組みである。 

・過去のクラスター政策やクールジャパン機構など、十分な成果を上げられなかった政策を検証し、成功と失敗の双方を総括した上で、実行可能な戦略を組み立てる必要がある。官民のリスク分担の設計も重要である。 

・財政については、PBがほぼ黒字化し、債務残高のGDP比も改善傾向にある点は評価できる一方、政権から発信されるメッセージは積極財政色が強く、市場に不安を与えかねない。 

・特に、2年後に所得支援策の導入を予定しながら、その間に食料品の消費税減税を行うなど、政策全体にちぐはぐさが見られる。減税終了時期も政治日程と重なるため、本当に予定通り元に戻せるのか懸念が残る。 

・日本経済は、デフレ・円高・ゼロ金利の時代から、円安・物価上昇・金利上昇の時代へ移行している。その中で財政拡張色を強めることには、これまで以上に慎重であるべきだ。 

・日銀の独立性についても、政府と日銀の協調が強調される中で、財政が金融政策を制約する「フィスカル・ドミナンス」への懸念がある。政府には市場に安心感を与えるコミュニケーションが必要である。 

・成長率を引き上げるには、規制改革を本格的に進める必要がある。特区、労働市場、大学などに残る規制を見直し、大学や企業が本来持つ潜在力を発揮できる環境を整えるべきである。 

・今後の成長戦略では、①防衛・経済安全保障支出を国内生産や民間技術転用につなげること、②AIを支える電力・水を確保するため原発再稼働やエネルギー調達を進めること、③人口減少とAI時代を見据え、外国人材をどう受け入れるかという長期的な外国人戦略を構築することが重要である。



小黒一正氏(法政大学経済学部教授)発言要旨

・高市政権が掲げる「2040年ごろに名目GDP1100兆円」は、現在の物価上昇を前提にすれば数字自体は到達し得る。重要なのは、インフレによる名目成長ではなく、実質成長率と生産性をどこまで高められるかである。 

・今回の成長戦略では、17分野への投資を複数年度で行い、企業の政策に対する不確実性を下げようとしている。政策の不確実性は企業投資を抑制するため、複数年度予算によって企業の予見可能性を高める方向には意味がある。 

・ただし、成長を妨げる不確実性は予算だけではなく、制度や規制の変更可能性にも存在する。創薬分野の薬価制度などのように、投資後に制度変更で収益性が損なわれる懸念があれば、企業は投資に慎重になる。 

・内閣府は、設備投資や無形資産投資などによってTFPを中長期的に最大0.9%ポイント押し上げる試算を示しているが、政府の成長率予測は過去にも実績を下回るケースが多く、想定通りの生産性向上が実現する保証はない。経済財政諮問会議などによる政策の検証機能が重要になる。 

・財政運営では、政府が債務残高対GDP比を安定的に引き下げる目標を掲げる一方、食料品減税など個別政策の財源が明確でないため、市場が政府の財政姿勢を判断しにくくなり、長期金利上昇につながる可能性がある。 

・長期金利の上昇は財政不安だけで決まるものではなく、実質金利、期待インフレ率、ターム・リスク・プレミアムなど複数の要因で決まる。政府が比較的コントロールできるのは、財政への信認に関わるリスク・プレミアムの部分である。 

・約1000兆円の政府債務を抱える中、国債の借り換え金利が3%程度まで上昇すれば、時間をかけて利払い費が現在の約13兆円から30兆円規模へ膨らむ可能性がある。こうした状況では、日銀がインフレ抑制のために十分な利上げを行いにくくなる。 

・過剰債務によって金融政策が財政に制約される「フィスカル・ドミナンス(財政従属)」を避けるには、政府がインフレによって生じた税収増などの財政余力を安易な再分配だけに使わず、財政再建にも充てる必要がある。 

・日本のインフレが簡単に1%台へ戻ると考えるのは楽観的であり、為替と購買力平価の関係からみても、一定の物価上昇圧力が続く可能性がある。したがって、インフレを前提にしつつ、それを活用して財政を再建する視点が必要である。 

・成長力を高めるには、単なる財政支出だけでなく市場メカニズムを機能させることが重要である。適正な金利があることで、企業は低収益・低リスクの投資にとどまらず、より高い収益を生む投資を選ぶインセンティブを持ち、資源配分の改善につながる。 

・人手不足への対応では、「103万円の壁」など労働参加を妨げる制度を見直すとともに、社会保障負担率をコントロールする改革は、財政・社会保障改革であると同時に成長戦略でもある。 

・人口減少時代には、AIや設備投資だけでなく「空間」の設計も重要になる。人口密度と生産性には関係があるため、人口減少が進む中では、地域や都市機能の「集中と選択」を進め、人口密度を維持する新たな国土・都市政策が必要である。



野村彰宏氏(ニッセイ基礎研究所経済研究部主任研究員)発言要旨 

・今回の成長戦略は、AIや半導体などに重点投資する方向性自体は妥当であり、成長投資には期待している。一方、現時点では日本経済をどこまで成長させるかを客観的・定量的に評価する材料は十分に示されていない。 

・特に370兆円超の官民投資の内訳が不透明で、公的支出と民間設備投資がそれぞれいくらなのか、企業からの積み上げと政府側の推計がどの程度なのかも明確ではない。このため、投資規模が十分なのか、実際に実現するのかを評価しにくい。 

・経済成長が実現しなければ財政も持続可能にならない。企業の自発的投資や規制緩和だけで世界と競争することには限界があり、政府による一定の成長投資そのものは必要である。 

・今回の政策で評価できるのは、補正予算依存から脱却し、必要な予算を当初予算に計上した上で複数年度で実施する方向である。企業に政策の予見可能性を与え、中長期の投資を促す点では、これまでにない取り組みとして期待できる。 

・ただし、予見可能性を高めるだけで民間投資が自動的に増えるわけではない。官民ロードマップを具体化し、設備投資、生産性、GDP成長率など明確なマクロKPIを設定して、継続的に進捗を点検する必要がある。 

・政府の中長期試算が想定する高い成長率は、大幅な生産性上昇が前提となっている。中程度の成長ケースでも米国並み、高成長ケースでは米国を上回る生産性上昇が想定されており、その実現のハードルは高い。 

・財政については、日本の債務残高対GDP比が高いという「水準」の問題と、足元で財政が改善しているか悪化しているかという「方向」の問題を分けて考えるべきである。高市政権下で財政が一方的に悪化しているとまでは言えないとの見方を示した。 

・2025年度の大型補正予算は課題だった一方、2026年度当初予算はGDP比で見れば必ずしも大幅に拡張的ではなく、新規国債発行額も30兆円以下に抑えられている。債務残高対GDP比も低下し、PBもおおむね均衡しており、実際の予算は一般に言われるほど拡張的ではないと指摘した。 

・財政目標をPB黒字化から債務残高対GDP比の低下へ変更したことは、財政規律の緩和とは限らない。後者は成長率、PB、金利の三つに左右され、金利上昇の影響も受けるため、むしろ厳しい目標になり得る。 

・財政の持続可能性を左右する最大のポイントも、結局は政府が想定する高い成長率を本当に実現できるかにある。従来型の補助金を漫然と続けるだけでは、必要な成長を実現することは難しい。 

・潜在成長率を高めるには、「資本投入」「労働投入」「生産性」の三つを同時に引き上げる必要がある。資本面では370兆円の投資を実際の設備投資につなげる一方、人手不足や設備受注の積み上がりなど供給制約を踏まえ、投資の分野とタイミングを精査する必要がある。 

・労働面では、女性や高齢者の労働参加をさらに促進し、育児・介護と仕事を両立できる環境を整えるとともに、社会保障・税制を長く働くことを後押しする制度へ改革する必要がある。 

・生産性向上ではAIに大きな可能性があるが、現時点ではAIが生産性上昇率を劇的に高めたことを示す確かな実証は十分ではなく、過度な期待は禁物である。 

・政府支援は企業経営を単に楽にする補助金ではなく、有望企業が公的支援を呼び水に自ら投資を拡大し、競争の中で付加価値を生む仕組みにすべきである。段階ごとにKPIを確認し、未達なら支援を見直す「ステージゲート」のような仕組みを活用することが重要である。