中国が今、日本を「新型軍国主義」と批判する本当の理由~言論フォーラム「日本は新型軍国主義なのか」~
今年に入り、中国政府や中国メディアが日本を「新型軍国主義」と表現する場面が目立つようになった。防衛費の増額や反撃能力の保有、日米同盟の強化、さらには台湾問題への関与など、日本の安全保障政策を批判する文脈で、この言葉が繰り返し用いられている。
この言葉は本当に現在の日本の姿を表したものなのか。そもそもなぜ中国は今、この言葉を使うようになったのか。そこには、日本の防衛政策だけではなく、中国自身の安全保障認識や東アジアの秩序をめぐる戦略的な思惑が反映されている。
言論フォーラム「日本は新型軍国主義なのか」では、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏、慶應義塾大学総合政策学部長の加茂具樹氏、防衛研究所中国研究室長の増田雅之氏を迎えて議論した。
三氏はいずれも、「新型軍国主義」は日本の現状を客観的に評価した概念ではなく、中国が日本の安全保障政策を批判し、国際社会に発信するための外交・宣伝上のレッテルという性格が強いと指摘。また、中国が警戒しているのは日本単独の軍事力ではなく、日米同盟の強化や台湾問題への関与を含めた日本の安全保障上の役割の拡大であるとの認識も共有していた。日本としてはレッテル論争に終始するのではなく、その背後にある中国の戦略意図と東アジアの秩序変化を読み解く必要があるという点で、議論は一つの方向に収れんした。
I言論フォーラム「日本は新型軍国主義なのか」
参加者:加茂具樹(慶應義塾大学総合政策学部学部長、教授)
香田洋二(元自衛艦隊司令官)
増田雅之(防衛研究所地域研究部中国研究室長)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
加茂具樹氏(慶應義塾大学総合政策学部学部長、教授)発言要旨
・中国が用いる「新型軍国主義」の「新型」とは、戦前の軍国主義とは異なり、「平和」「専守防衛」「国家の正常化」といった理念を掲げながら防衛力を強化し、軍事的役割を拡大していく日本の姿を指す中国側の概念である。
・「新型軍国主義」という言葉は2025年に突然生まれたものではなく、2012年の尖閣諸島問題以降、日本の防衛力整備や安保法制、台湾問題への対応などを一連の動きとして捉える中国側の認識が積み重なった結果として形成された。
・中国は、日本の安全保障政策を個別の政策ではなく、「約10年にわたる意図的・段階的な政策転換」と理解しており、「新型軍国主義」はその全体像を説明するための概念として用いられている。
・「新型軍国主義」という言葉は、日本が本当に軍国主義化しているかを分析する概念ではなく、外交宣伝のためのレッテルである。この言葉の狙いは、日本の行動を国際社会から見て異質なものと印象付け、日本に外交的コストを負わせることにある。
・その背景には、日本が東アジアの秩序維持に積極的な役割を果たそうとしていることへの中国の警戒がある。中国は、自らが地域秩序の主導権を握ろうとする中で、日本の動きを戦略的な障害と見ている。
・中国の外交・安全保障関係者は、日本単独ではなく、日米同盟全体を中国封じ込めの枠組みとして認識している。米国の地域的影響力が相対的に低下する中、日本がその空白を埋めようとしているという見方が中国国内で共有されている。
・中国は、日米関係や米中関係の変化を踏まえながら、その時々の状況に応じて日米同盟の意味付けを変えている。現在は、日本が米中関係の枠組みを超えて主体的な役割を果たそうとしていることへの警戒が強まっている。
・今後、日本が果たすべき役割は、日米同盟が東アジアの平和と繁栄を支える「地域の公共財」であることを国内外に一貫して説明し続けることである。東南アジア諸国を含め、その価値への理解を広げることが地域秩序を維持する上で不可欠であり、現在はその成否を左右する歴史的な分岐点にある。
香田洋二氏(元自衛艦隊司令官)発言要旨
・「新型軍国主義」は、中国がかつて多用した「冷戦思考」と同様の性格を持つ政治的レッテルであり、日本側と議論するためではなく、「日本は反省すべき存在」という印象を与えるプロパガンダとして用いられている。
・中国は、平和安全法制、防衛費の増額、反撃能力の保有など、日本の安全保障政策を一連の動きとして「新型軍国主義」と位置付けているが、日本側から見れば、それらは長年抑制されてきた防衛力整備を現在の安全保障環境に対応するために補強しているにすぎない。
・防衛力強化は、中国や北朝鮮、ロシアなどを取り巻く安全保障環境の変化を受けた対応であり、「過去の借金を返している」ような性格が強い。日本には軍事的拡張を目指す意図はなく、中国の評価とは大きな認識の隔たりがある。
・日本は単独で中国と対抗できる国ではなく、自由や民主主義といった価値観を共有するアメリカとの同盟を基軸に安全保障を構築することが現実的な国家戦略である。
・「拒否的抑止(Deterrence by Denial)」とは、中国が軍事力を自由に行使できない環境を整え、その意図どおりの行動を取らせないことであり、日本の防衛力整備や日米同盟強化はこの考え方に基づいて進められている。
・日米同盟は価値観を共有するパートナーシップである一方、両国が完全に一体化した戦略を持っているわけではない。アメリカは日本の憲法や国内政治への配慮を前提に協力を進めており、双方にはそれぞれの国益と制約が存在する。
・中国が真に警戒しているのは日本単独の軍事力ではなく、第一列島線という地理的条件、日本の産業基盤や自衛隊の能力、そして日米同盟が組み合わさることで、中国の軍事行動が大きく制約されることである。
・中国は「新型軍国主義」という言説や経済的圧力、世論工作などを通じて、日本国内や国際社会で日米同盟への信頼を弱めようとしている。その狙いは、日本そのものよりも日米同盟の結束を揺るがし、中国にとって最大の戦略的障害を取り除くことにある。
・今後、中国が南シナ海だけでなくフィリピン東方や台湾周辺でも既成事実化を進めれば、国際法に基づく海洋秩序が揺らぎ、ASEAN諸国も「米中いずれにも与しない」という立場を維持しにくくなる可能性がある。
・さらに、中国の国力拡大は将来的にロシア極東やシベリアをめぐる中ロ間の利害対立を生み、新たな安全保障上の不安定要因となる可能性がある。東アジアは今後、これまで以上に複雑で不安定な安全保障環境に直面する恐れがある。
増田雅之氏(防衛研究所地域研究部中国研究室長)発言要旨
・「新型軍国主義」に近い中国側の言説は以前から存在したが、2022年の国家安全保障戦略で中国が「最大の戦略的な挑戦」と位置付けられたことで、人民解放軍や中国国内の議論において一層強まった。
・日中間の認識のずれを理解する鍵は、「抑止」という言葉の意味の違いにある。日本が重視するのは、中国軍の自由な活動を困難にする「拒否的抑止」である。
・一方、中国では「抑止」が、積極的な軍事行動によって相手の動きを止めるという意味で理解されるため、日本の抑止力強化が軍事活動の積極化として受け止められやすい。このすれ違いは、戦略文化や軍事に対する考え方の違いに根差した構造的なもので、容易には解消しない。
・ロシアのウクライナ侵攻と中国による対露関係の強化は、日本側に「中国も力による現状変更を容認し得る」との認識を強め、日中間の不信を深めた。
・中国は、現在の東アジア秩序が米国によって形成されてきたと認識し、それを変えるためには外交力や経済力だけでなく、核戦力を含む軍事力が不可欠だと考えている。
・米中間で軍事衝突に発展し得る最大の焦点は台湾問題であり、中国は米軍の介入を遠方で阻止するため、ミサイル、潜水艦、艦艇、爆撃機などの活動範囲を太平洋へ拡大している。
・日本、米国、オーストラリアなどによるフィリピン支援や第一列島線での連携強化は、中国の軍事力投射を制約する動きであり、中国側の強い警戒を招いている。
・「新型軍国主義」という言葉は、日本の防衛政策を客観的に評価する概念というより、日本国内や国際社会に働きかける認知戦・世論戦としての性格が強い。
・中国は大国化する一方、力を強く押し通すほど周辺国の警戒を招き、「孤独な大国」になる。安定と繁栄を提供できなければ、各国は軍事・経済両面で中国への依存を減らす方向に動き、地域の分断が深まる。