370兆円の官民投資で日本経済は本当に成長できるのか
言論フォーラム「日本の成長戦略は今度こそ大丈夫か」

 日本はこの30年余り、何度も成長戦略を打ち出してきた。規制改革や構造改革、デジタル改革、イノベーション支援など、その時々の政権がさまざまな政策を掲げてきたが、日本経済は人口減少と低成長から十分に抜け出すことができず、「成長戦略をつくっても、なかなか成果につながらない」という状況が続いてきた。

 そうした中、高市政権は2040年度までに370兆円を超える官民投資を実施し、AIや半導体など17の戦略分野への投資を拡大する新たな成長戦略を打ち出した。では、今回の成長戦略はこれまでと何が違うのか。そして、370兆円という巨額の投資によって、日本の実質的な成長力を本当に高めることができるのか。さらに、金利が上昇する中で、成長のための財政支出と財政の持続可能性をどう両立させるのか。

 言論フォーラム「日本の成長戦略は今度こそ大丈夫か」では、日本総合研究所理事・調査部長、チーフエコノミストの石川智久氏、法政大学経済学部教授の小黒一正氏、日生基礎研究所経済研究部主任研究員の野村彰宏氏を迎え、日本経済新聞社論説主幹の藤井彰夫氏の司会で議論した。

 三氏はいずれも、世界的に産業政策が重視される中、AIや半導体などへの投資を拡大し、複数年度で民間投資を後押しする今回の方向性には一定の評価を示した。その一方で、17という戦略分野の多さや370兆円という投資額の根拠、政策を実行・検証するガバナンス、そして成長を前提とした財政運営への懸念も相次いだ。

 議論から見えてきたのは、今回の成長戦略を評価する上で重要なのは、370兆円という数字の大きさそのものではないということだった。政府支援によって民間の投資をどこまで引き出し、それを生産性と実質成長率の上昇につなげられるのか。そして、うまくいかない政策を検証し、修正する仕組みをつくれるのか。今回の成長戦略が過去30年間と違う結果を生み出せるかどうかは、その実行力にかかっているということが議論からは浮き彫りとなった。


参加者:石川智久(日本総研理事、調査部長、チーフエコノミスト)

    小黒一正(法政大学経済学部教授)

野村彰宏(ニッセイ基礎研究所経済研究部主任研究員) 

司会者:藤井彰夫(日本経済新聞論説主幹)

 


I「方向は正しい」。しかし、17分野は多すぎる

 

 今回の成長戦略について石川氏は、まず「方向的にはそんなに間違ってはいない」と評価した。背景にあるのが、世界的な産業政策の復活である。かつては市場に任せることが重視されていたが、現在は各国政府が半導体やAI、経済安全保障などの戦略分野に積極的に関与するようになっている。そうした世界の流れに日本も乗ったという意味では、今回の方向性は評価できるとした。

 また、地域未来戦略に相当のページが割かれ、地方創生にも目を向けていることにも一定の評価を示した。

 しかし石川氏は17という戦略分野の多さを懸念。海外の事例と比較しても、17分野はかなり多い。重点分野を増やし過ぎれば、限られた政策資源が薄く広く配分され、結局は総花的な産業政策になりかねない。そのため石川氏は、「どうやって絞っていくのか」が大きな課題になると指摘した。

 さらに問題なのが、その政策を誰がどのように管理するのかというガバナンスである。 石川氏は、過去の産業政策では「予算をつけることが目的になっているように見える」ケースがあったと指摘。地方のクラスター政策やクールジャパン機構などを例に、政策の目的そのものは理解できても、実行段階でのガバナンスや官民のリスク分担がうまくいかなければ、成果には結びつかないとした。

 そして、過去にうまくいった政策、失敗した政策を十分に検証しないまま、似たような政策を繰り返すことにも警鐘を鳴らした。つまり、問題は新しい戦略をつくることではなく、過去の政策を検証した上で、何に集中するのかを決め、実際にやり切る仕組みをつくれるのかということであるとし、石川氏は、方向性は正しいものの、「今のままではちょっと不安が残る」と評価した。