基調講演 / メアリー・ロビンソン(アイルランド元大統領、元国際連合人権高等弁務官)

 2023年、そしてその先へ。世界の未来に対する私たちの責任




 閣下、各位、御来賓の皆様、本日は皆様とここ東京でお会いすることをうれしく思います。とても大切でタイムリーな会議でお会いできることをうれしく思います。


 2019年9月が、私が前回東京に来た機会でした。正確な日付は覚えていません。でも、日本がアイルランドをラグビーW杯で破って準決勝に進出した日だということは覚えています。先日、日本はWBCで優勝したということですが、「日本を過少評価することなかれ」と事前にアメリカにアドバイスできていればよかったですね。



人類は存亡の危機という"崖っぷち"に立たされている


 では、本題に入ります。今まさに相互関連性のある危機が多国間システムに対してのプレッシャーを高めております。そのことによりまして、我々共通の課題に対して一貫性のある公平で持続可能な対応を行うことがより難しくなりました。人類は複数の存亡の脅威にさらされています。気候危機、パンデミック、核兵器、超大国の対立・・・率直に申し上げて崖っ縁に立たされている状況です。


 でも、首脳たちは、平和に住むことが可能な地球を維持していくために、十分かつ明白な倫理・野心で以て努力しておりません。二酸化炭素排出削減、軍備管理条約、パンデミックに対する備えなど、何をやらなくてはならないかということはみんな分かっているわけです。事実ははっきりしている。ないのは政治的な意思です。首脳たちの頭を危機モードに切り替えなくてはなりません。緊急の脅威に備えなくてはなりません。また、首脳たちはアプローチの核心におきまして、グローバル公共財、多国間主義を中核に置かなくてはなりません。ウクライナに対するロシアの戦争が明白な事例です。この明白な不法である国連憲章違反の負の影響は、世界各地で生じています。


 ところが、各国は国益ばかりを追求しており、ロシアの侵略に対抗するためのグローバルな結束が欠如しています。あらゆる地域、あらゆる国家にとって、国連憲章を堅持することが重要であり、主権、領土一体性、そして独立といったような中核的な原則のために立ち上がることが重要です。ロシアの侵略に対して、中立を保つということは法的にも倫理的にも弁明がつきません。だからこそ今週火曜日、岸田総理がウクライナ・キーウを訪問したことは重要であり、高く評価します。


 それと同時に、現実をきちんと認識しなくてはなりません。民主主義国家を含むあらゆる地域の力のある国家には、国際法の浸食に対処する責任があるということを認識する必要があります。20年前のイラク侵攻、また、イスラエルのパレスチナ占領という国際法違反が不処罰であるということに関しても責任を負うべきだということを認識する必要があります。21世紀の地政学は、20世紀の状況とは大きく異なることは明白です。そうした中で、我々がやらなければならないのは、国際問題における対応に関して、一つの法的な基準を守るということであり、力の均衡が大きく変わる中ではその重要性がさらに高まっているということです。


 また、我々がプーチン大統領の暴挙に怒りを感じるのは正しいけれども、だからといって共通の平和と安定に対する、そのほかの脅威から国際社会の注意をそぐことがあってはなりません。気候危機、パンデミック、核兵器など、これらの課題を克服するためには一国だけの努力では不十分です。どんなに国土が大きな国であろうと、経済力があろうと、軍事力があろうと一国だけでは無理です。国家、地域連合、国際機関の組織的な協力が必要で、政治的なコミットメント、知的イノベーション、そして不断の努力が必要であり、その上で倫理的完全性と謙虚さと大胆さを持って課題に取り組まなくてはなりません。


 そういった中で、私は「東京会議」主催者の取り組みを称賛したいと考えます。ブラジル、インド、シンガポールとG7プラスの全ての国々の主要シンクタンクから専門家を呼ばれました。こういったようなクロスボーダーの対話と交流は必須です。それがない限りにおいて、分断する世界における多国間主義を強化することはできません。


 こういったような世界的な議論におきまして、日本は重要な役割を果たし得ることでしょう。歴史が豊かであり、経済におきましていろんな新しいアイデアを生み出してきた。そして地政学的な変化が起きている地域におきまして、強い民主主義のために重要な役割を果たしている。


 私はキャリアにおいて何度も日本を訪問いたしました。国賓として訪問したアイルランドの大統領として、国連人権高等弁務官として、今回はエルダーズ代表として訪問しました。エルダーズは、ネルソン・マンデラが発足させたグローバルリーダーのグループで、平和、司法、正義、人権、そして持続可能な世界のために活動しています。毎回、日本に来るたびに刺激の多いディスカッションに参加してきました。今日も共通の視点を皆様と見つけていきたいと思っています。


 我々には義務があります。人間主義を中核に置いて、世界の将来に向けた責任についてはっきりとした言葉で語らなくてはなりません。今生きている人、そしてまだ生まれていない人のために、我々は責任を負わなければなりません。こういった世代を超えた連帯こそ、我々エルダーズの活動全般に貫かれている重要な柱です。エルダーズメンバーは国益に縛られておりません。もはや公職に就こうとも思っていません。だから、ひるまず自由に問題に関する発言ができるのです。西洋の機関ではありません、グローバルな組織であり、マンデラのレガシーです。我々は政治的な力を持ったことのチャレンジとチャンスを認識しております。


 そして、非西欧諸国の視点が、いまだにグローバルな意思決定のテーブルにおいて無視されているということも認めます。これを変えていかなくてはなりません。それと同時に、我々の創設者ネルソン・マンデラのマンデートのもとで、人権、表現の自由、そして平等は普遍的な価値であって、ヨーロッパとアフリカと同様に、アジアにおいても重要だということを認識しております。


 また、はっきりとしていることは、もし我々が将来に対して責任を果たしたいのであれば、空虚な大衆迎合的な約束や非現実的な理想を要求するだけでは不十分であるということです。そうではなくて、首脳にはもっと難しい選択をしてほしい。そして、長期的なコミットをすることによって、政治資本をそこに投入してほしいと思っております。そこで、今後数か月で取れる決定について述べたいと思います。



ウクライナ:世界は結束し、国際法に基づく対応を


 まず、ウクライナ戦争を見てみましょう。ウクライナでは明らかに国際法が守られなかった。国連憲章の最も基本的な規範が侵害されることによって、権威主義が至るところでさらに生まれてくる恐れがあります。1930年代の国際連盟の失墜の木霊のようです。でも、ロシアの侵略に対する結束を見ると、それは単なる民主主義対権威主義の分断ではありません。インドや南アといったような民主主義国も、国連総会における対ロ非難などの議決において棄権を続けています。


 また、ほとんどのグローバルサウス諸国は、欧米が結束を呼びかけても、「それはダブルスタンダードじゃないか」と言います。つまり、新型コロナのパンデミックの際、彼らがワクチン確保や医療機器を求めていたときに、同じような結束を欧米は示してくれなかったではないか、と述べているわけです。


 気候変動における対応もそうです。COP27における「ロス&ダメージ」(気候変動の悪影響に伴う損失と損害)の合意は非常に良い前進でありましたけれども、これからの実行が問われるところです。


 さらに、そのほかのウクライナ以外の暴力的な対立におきまして、多くの国家が国際法違反に関する国際社会からの捜査を拒否しています。そして、説明責任から自らを遮断し、同盟国を守っています。


 しかし、こういった課題に対する我々の集団としての対応は、国際法を諦める、あるいは紛争、侵略に対して対応するための原則を放棄するのではなく、むしろ国際法とグローバルな公平性へのコミットの刷新を軸としながら、多国間制度を活性化するための努力を倍増させることです。


 ウクライナにおいては、戦争犯罪の訴追のための特別法廷の設置が、正義と持続可能な平和の両方に貢献し、将来の犯罪の抑止にもなると思います。それは正式な国際刑事裁判という形式にするべきであって、国連総会の承認を得るべきだと思います。免責特権の問題を克服しつつ、この侵略に責任を負うべき最高指導者を訴追する能力を持たせなければなりません。そして、その世界的な正当性を強調することによって、全ての加盟国に対して平和と司法は表裏一体であって不処罰はどこでも許されないというメッセージを送る必要があります。


 日本が今年のG7議長国であるということはチャンスです。この問題に関して、ぜひリーダーシップを発揮してほしい。こした国際法廷の開始に関して、G7の結束を示していただきたいと思います。国連総会でいずれ設置が決議されることを願っております。その暁には、全ての国連加盟国にはウクライナやあらゆる地域の平和と正義のためにぜひ立ち上がっていただきたいと思います。



核軍縮と核不拡散:唯一の被爆国日本のリーダーシップに期待


 次に、核軍縮と不拡散についてです。この存亡の脅威に対応する唯一のソリューションは、多国間主義に対して全ての地域と国家がコミットするということ、そして国際法を一貫した形で実施するということです。これは全ての国に影響を及ぼす問題なのですから、グローバル公共財の提供や気候変動対策、侵略への対応などと同様です。核兵器による脅威を極小化することは、全ての国々にとって直接的な利益となるものです。


 世界で日本ほど、これらの核兵器の怖さを知っている国はないでしょう。プーチン大統領があからさまに脅しをしているということは非常に不快であります。核兵器をちらつかせ、ウクライナの暴力的な戦争に関する不毛な主張をしております。新START(戦略兵器削減条約)を停止するというプーチンの決定は、新たな核軍拡競争になりかねない深刻なリスクをはらんでいます。


 このリスクを抑えるためには対話が重要です。核兵器の脅威に対して立ち上がるためには、リーダーシップが必要です。だから、エルダーズは日本のG7議長国の努力をサポートします。核のリスクに関して、G7の首脳が強いメッセージを発出すれば、重要なプレッシャーになるでしょう。特にP5にとっての説得になるでしょう。不拡散条約の下で軍縮の約束を守れという強いメッセージになると思います。




気候変動対策:脱化石燃料を進めることと、脆弱諸国への支援強化が不可欠


 それでは次に、気候変動対策に関して。日本は、長年にわたってすばらしい指導力を発揮してきました。グローバル協力を強化して、核兵器がない世界をつくろうとしている。この気候危機も、やはり核兵器と同じぐらいの存亡の危機です。ですから、ぜひ日本にはこの分野においても核兵器と同じようなリーダーシップを発揮してほしいと思います。そして、G7サミットが広島で開かれる前に、このトピックの地位を上げてほしいと思います。


 気候危機は複数の次元を持っています。2023年においても、いろいろな気候ショックがあるでしょう。エネルギー混乱、インフレ、そして食料危機。結局、それらの問題は化石燃料に対する依存と非常に密接に関連しているのです。ウクライナ戦争は、こういった相互関連性があるということを悲惨にも思い起こさせてくれました。同時に、恒久的な再生可能エネルギーへのシフトによって、平和と安定性がもたらされるということも思い起こさせました。気候変動によって引き起こされている移動は深刻な問題で、もしこのまま改善されなければ、さらなる不安定と紛争につながります。再生可能エネルギーは安全性、持続可能性と廉価なエネルギーを提供してくれます。石油とガスとは違います。石油、ガスは座礁資産につながります。


 再生可能エネルギーは技術的に安全な“賭け”ですが、その一方、高効率石炭火力はいまだ確立されていない技術です。ですから、残念ながらG7議長国である日本があまりに強調し過ぎるのはいかがなものかと思っております。日本の政府及び産業界の大企業には、もっと脱化石燃料に対するコミットを高めてほしいと思います。


 気候変動政府間パネル(IPCC)の統合報告書が最近発出されました。今までの報告書もそうでしたけれども、いかに我々は崖っ縁に立たされているかということのリマインダーでした。もし巨大企業が十分に間に合うように気候変動に対応しなかったら、地球にとって酷いことになってしまいます。だからこそ、G7が以前行った気候の約束をさらに積み上げることが重要になります。2025年までに化石燃料に対する補助金を段階的に廃止、2030年までの石炭火力のフェーズアウト、電力部門を2035年までに脱炭素化すること、これらの取り組みをさらに強化すれば、G7はネットゼロに対して本当に結束して取り組んでいくつもりだという強力なメッセージを世界に送ることができるでしょう。


 また、世界の主要先進国は気候変動のインパクトを受けている脆弱な諸国の声をきちんと聞いているという姿勢を示してもらいたいと思います。彼らはほかの危機にも直面しているし、資金調達にも苦労しています。支援は世界の分断が進む中では、南北間の信頼醸成のためにも必要です。そういう意味では、COP27において「ロス&ダメージ」に関する基金ができたということは歴史的な前進でした。こういったような試練のときでも、多国間協力は可能だということを我々に教えてくれたところです。富める国は、リーダーシップを発揮して、最も気候の打撃を受けているコミュニティーの手に確実に渡るように資金を提供していかなくてなりません。


 加えまして、約束を実施するということも大事です。2025年までの適応分野への支援倍増、それから2009年には、深刻化する気候変動関連の影響や、災害に直面している脆弱な国々に対して20年までに年間1000億ドルを拠出するとの国際的約束がありましたが、こうした約束を実行してほしいと思います。


 2023年は、はるか昔に行われるべきであった国際金融機関の改革にとっても、良いチャンスとなる一年です。IMF(国際通貨基金)、そして世界銀行の改革は重要です。持続可能な開発や、公正なエネルギー移行を実現する上で、必要な資金を提供するためにも改革は不可欠です。また、気候及び安全保障上のショックに対して脆弱な国々が、その強靱さを増し、21世紀の脱炭素経済を構築していくためには、民間セクターの投資を呼び込まなくてはなりませんが、そのためにはかつてないほどの先行投資が重要です。


 国連環境計画(UNEP)が昨年の報告書で、今世紀末の地球の気温上昇は産業革命前に比べ2.4~2.6度になる可能性が高いと予測しています。COP26では気温上昇を1.5度に抑えることを事実上の世界の共通目標にしましたが、大きな開きがあります。これは危機的な状況だということを首脳たちに分かってほしい。危機を乗り越えるためには途上国の取り組みも必要です。先進国からの大規模資金提供があれば、途上国はずさんな金融機関や慎重さを欠く国家からの支援を求めなくてもよくなります。だからこそ、世界の最も貧しい国に対して国際的なファイナンスを提供すべく、国際機関の改革を進めることはG7にとっても国益になるのです。


パンデミック:次への備えとして多国間による「社会全体」のアプローチを促進すべき


 次にパンデミックです。やはりパンデミックにおきましても、連帯か利己か、国際的結束かそれとも自国の国益か、という問題があります。ポストコロナの世界では、回復だけでなく将来のパンデミックに対する備えも必要です。多国間システムには今後、パンデミックの備えと対応に関する進捗をしていく上でのチャンスがいろいろとあります。現在進んでいるパンデミック協定に関する交渉は、コロナによって露呈し、悪化した不平等を是正するチャンスです。しかし、それが思うように進んでいないために多国間システムに対する信認はさらに失墜しています。


 エルダーズは、パンデミック対応に関するリーダーシップを最高のレベルに引き上げ、「社会全体」のアプローチを促進するために、Global Health Threats Council(グローバルヘルスの脅威に対する協議会)の設立をサポートします。国連では9月、「パンデミック予防・備え・対応」(PPR)に関する国連ハイレベル会合が開催されます。これも一つのチャンスです。政治的な野心的な宣言をぜひ採択してほしい。日本も、ぜひこういった分野においても、過去、ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)で果たしたような役割を果たしてほしいと思います。UHCはまさに結束に関するグローバルヘルスアーキテクチャーに対する貢献でした。



各国市民も、世界のリーダーが課題解決に向けた行動に出るように圧力を


 では、締めくくります。紛争解決、国連憲章の堅持、気候危機、核兵器、パンデミックといった存亡の危機への対応に至るまで、多国間のアクションと大胆かつ倫理的なリーダーシップが必要です。問題は、理解や知識が不足しているということではありません。首脳らは、この先の危険について「警告を受けていなかった」とか、「取るべき行動について信頼できる詳細な提案を受けなかった」などと言い訳を言える立場にはありません。「パンデミック予防・備え・対応」からの勧告がありますし、グテーレス国連事務総長からの「人類はたった一つの誤解、一つの誤算で、核兵器による消滅を迎える」という警告もあります。また、IPCCの科学データがあります。さらに、偉大なる平和構築者コフィー・アナンやデズモンド・ツツ大司教が遺したインスピレーションがあります。皮肉屋や運命論者は「紛争の解決などあり得ない」とか、「常に国連憲章よりも自国の国益ありき」だと主張したけれども、それに対して彼らは断固反論しました。


 今、我々が必要としているのは、多国間システムの強化です。その中核にあるのは国連であり、この国連を目的適合性のある機関に改革しなくてはならない。そのためには、グローバル市民も、公的な場や、この「東京会議」のような公開フォーラムを通じて、指導者に圧力をかけるなどして、その行動に対する責任を追及するために協力する必要があります。


 もちろん、これは大変困難な作業になるでしょう。しかし、人類はぜひ立ち上がってほしい。G7首脳が5月に広島で会うときをチャンスとし、結束を以て、緊急感を持って、連帯感を持って行動を取ってほしい。私はそれができると確信しています。


 「東京会議」の皆様、スピーチを締めくくるに当たって、佐藤栄作元日本国総理大臣の言葉を引用したいと思います。1974年、佐藤氏は核不拡散への貢献に対して、アイルランドの偉大なる愛国者、外交官、平和運動家のショーン・マクブライドとともに・・・私の友人でしたけれども、ノーベル平和賞を受賞しました。佐藤栄作氏はこうおっしゃった。「あらゆる国の人々が結束して平和を実現するための前向きな努力を行い、その平和の礎を強化し、全人類の進歩とより良い生活を確かなものにしなくてはならない」。御清聴ありがとうございました。