中国の対日戦略は「二分論」へ転換か
言論フォーラム「中国は日本との関係をどうしたいのか」

昨年秋以降、日中関係はこれまでにない緊張局面を迎えた。政府間対話は途絶え、民間交流も大幅に停滞した。言論NPO20年以上にわたり続けてきた「東京―北京フォーラム」も延期を余儀なくされるなど、これまでの日中関係とは異なる様相を見せている。

今年に入り、中国では日本との経済交流や人的交流を再開する動きも見え始めた。一方で、「新型軍国主義」批判も強めている。中国は現在、日本との関係をどのように位置付け、何を目指しているのか――

言論フォーラム「中国は日本との関係をどうしたいのか」では、小嶋華津子・慶應義塾大学法学部教授、朱建栄・東洋学園大学客員教授、多部田俊輔・日本経済新聞中国総局長をゲストに迎え、中国の対日戦略の変化について議論した。

各氏はいずれも、台湾問題を契機に悪化した日中関係の中で、中国が日本政府と民間を切り分ける「二分論」へと政策を転換しつつあるとの認識を示した。ただし、その評価には違いもあり、多部田氏は「移行期」との現場感覚を示したのに対し、小嶋氏は「政策整理が進んだ結果」と分析。朱建栄氏は明確に二分論に戻ったとしつつ、これを「伝統的な二分論への回帰」と位置付けた。評価には違いがあるものの、三者に共通していたのは、中国が昨年のように「あらゆる交流を止める」という対応から、分野ごとに対応を切り分ける新たな段階へ入りつつあるという認識だった。

しかし、その前提には台湾問題という中国にとって譲ることのできない一線が存在している。この一線が動かない限り、政府間関係の本格的な改善はなお容易ではない――。それが三人に共通する見立てだった。

また、中国が日本を「新型軍国主義」と批判する背景についても議論が行われた。小嶋氏は、日本の安全保障政策全般を批判するための包括的な外交フレームと指摘。朱建栄氏は、中国が歴史的に繰り返してきた「軍国主義」認識の延長線上にあり、日本と中国の安全保障認識の隔たりが背景にあると分析した。多部田氏も、中国国内では「新型軍国主義」が国営メディアなどを通じて定着した対日認識のナラティブとなっている現状を説明した。

討論では、中国は台湾問題では妥協しない一方、民間交流や経済交流では関係改善を模索しており、対立を管理しながら協力を維持する新たな日中関係のあり方が問われているとの認識で一致した。


参加者:小嶋華津子(慶應義塾大学法学部教授)

    朱建栄(東洋学園大学客員教授)

    多部田俊輔(日本経済新聞中国総局長)

司会者:工藤泰志(言論NPO代表)



議論の冒頭、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志代表は「この20年間、政府間が激しく対立したことは何度もあった。しかし民間交流まで止まることはなかった。なぜ今回はそこまで止まったのか」と問いかけた。

 

I台湾問題が日中関係を一変 中国が民間交流まで止めた理由

 

最初に答えた小嶋氏は、今回の日中関係の悪化は、これまでとは構造そのものが違うと指摘した。従来の日中関係では、歴史問題や尖閣諸島問題で対立が起きても、経済や民間交流は維持されることが多かった。しかし今回は、中国が民間交流まで停止するという、これまでにない強い対応を取った。その理由について小嶋氏は、「台湾問題だったからだ」と明言。

昨年10月、高市首相はAPEC首脳会議の前後に台湾代表との会談写真をSNSに掲載し、その後も台湾有事と日本の「存立危機事態」を結び付ける国会答弁を行った。中国にとって台湾は「核心的利益」であり、国家主権そのものに関わる問題である。この問題では一切妥協できず、日本の対応は中国がこれまでの対日政策では対応できないレベルに達したというのが、小嶋氏の分析だった。

さらに、中国側の事情も変化している。トランプ政権の発足によって世界秩序は流動化し、中国は欧州諸国との関係も含め外交上の選択肢を広げている。その結果、日本は「最優先で関係改善しなければならない相手」ではなくなりつつある。

加えて、中国国内では党大会を控えた政治日程に入り、地方政府や各部門が独自に対日関係を調整しにくい環境になっている。

こうした国際・国内双方の構造変化が重なり、中国には「何としても日本との関係改善を急ぐ」というインセンティブが弱まったと小嶋氏は分析した。